零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争~後編

「NHK BSプレミアム 零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争~後編」の中では 海軍はゼロ戦を設計した堀越二郎(元日本大学教授)に防弾装備を付けるように要求します。それはゼロ戦の軽快さという一番の強みを失うこと意味しました。重量の増加に伴う大馬力のエンジンの開発も行き詰っていました。

「NHK ドキュメント太平洋戦争 第3集 エレクトロニクスが戦(いくさ)を制す ~マリアナ・サイパン~」の中では、昭和18年夏、海軍と航空機の生産にたずさわる民間の技術者が集まりゼロ戦の防御について話し合った。会議の流れを決めたのは軍令部の源田中佐 源田は真珠湾攻撃の航空参謀で航空作戦に強い発言力を持っていた。ゼロ戦の曾根技師は「源田さんが立ち上がってですね みんなの議論を聞いているとどうも情けないと その大和魂で突貫しなくちゃいかん そういう精神的なものもどうも まだたるんでいるようだ ここでそういう議論はやめて うんと軽い飛行機を作ってもらって 我々はその腕をみがいて部下にも訓練をよくやって そういうことでこの戦争を勝ち抜こうじゃないかと 一席大演説を源田さんがされたんですよ そうしたらみんな黙っちゃってね」と述べている。結局ゼロ戦には充分な防御が施されなかった。優秀なパイロットによってささえられていたゼロ戦 防御不足という大きな弱点によってパイロットを失い その攻撃力も弱めていった。

NHKともあろうものが、どちらが正しいのでしょうか(攻撃重視の日本海軍が堀越先生にゼロ戦への防御を本当に依頼したのでしょうか)?私の桜工会ブログ「堀越二郎 風たちぬ」では、「NHK ドキュメント太平洋戦争 第3集 エレクトロニクスが戦(いくさ)を制す ~マリアナ・サイパン~」の記述を信じて設計者である堀越先生に責任はないと断言しました。

私の考えでは「ゼロ戦はゼロ戦に敗れたと思っています」。アメリカ軍は昭和17年7月にアリューシャン列島アクタン島に不時着した無傷のゼロ戦を手に入れ、カルフォルニア州サンディエゴ海軍基地で徹底的な調査が繰り返され、スピードや上昇力でゼロ戦を上回り強力な防御を持ったゼロ戦(F6Fヘルキャット)を完成させた。もしアメリカ軍が無傷のゼロ戦を手に入れることができなければ、ゼロ戦が敗れることはなかったと思います。

[2014/8/3 追記]
NHK BSプレミアムでは、今日も「零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争~後編」の再放送があります。
日本海軍上層部は零戦を、太平洋戦争末期には特攻機として使用していますので、堀越先生に防弾装備を依頼することはありえないと思います。特攻機は、軽くて燃費がよくて航続距離が長い飛行機が求められます。

About 管理者

昭和49年日本大学理工学部数学科卒業。さすらいのSEである。卒業ゼミで数学科宇野教授から君は頭はいいが世間知らずだと言われる。「大きいところで尻尾になるより、たとえどんなに小さいところでも頭になれ」と教えられるが、真の意味がわからず日大理工卒業後さすらいの旅に出る。あれからもう40年、最近やっと安住の場所を発見する。
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