数学者・宇野利雄との約束

「数学者・宇野利雄との約束」は、2007年に文芸社から出版された日本の数値計算の父である宇野利雄先生(日本大学理工学部数学科教授)の伝記です。
著者は宇野一郎(宇野先生のご長男)氏ですが、宇野先生のことを語り合いたいという教え子達の強い希望で作成された「宇野利雄遺稿・追悼集」を改稿・加筆したものです。
特に第5章の日本大学時代は、理工学部数学科史とも言える内容で、桜工会の皆様には是非読んで頂きたい一冊です。
理工学部が都立大学教授だった宇野先生を移籍させるために、昭和34年に高価な富士通のリレー式計算機FACOM128Bの一号機を導入する話は実に面白いですね!
先生は移籍を断る口実に「リレー式計算機を導入してくれなければ日大には行かない」と申し出ていたそうです。
このFACOM128Bの一号機は、戦後初の国産旅客機YS-11のトラブルシュミレーションなどの計算に利用されたそうです。YS-11といえば木村秀政先生(日本大学名誉教授・航空工学)のことを思い出しますね!

ここでは、この本に書かれていない宇野先生の思い出を綴ってみたいと思います。

昭和48年5月のある雨の日に応募の目的で古河総合ビルにある富士通本社を会社訪問しましたが、人事担当者からあなたの大学では応募する資格がありませんと軽く断られました(当時の大手電機メーカーは、指定校制といって大学入試の偏差値が特に高い国立大学などの卒業見込者だけを採用する制度をとっていた)。

このことを宇野先生に相談したところ、「君は頭はいいが世間知らずだ!大きいところで尻尾になるより、例えどんなに小さくても頭になれ!大手電機メーカーは官僚的でおもしろくないよ!君の進む道ではないよ!」と教えられましたが当時の私には真意が理解できませんでした。でもこのような方法で本当に優秀な人材を確保できるのか疑問を感じました!!

1985年にアップル社のスティーブ・ジョブズは日本の電機メーカーを、「海辺に打ち上げられた死んだ魚」と評し、相手にもならないと言い放っています。
スティーブ・ジョブズ発言の12年も前の昭和48年に、先生は日本の電機メーカーの将来を予測しておられたのかもしれませんね?
NHK総合テレビの「メイドインジャパン」では、中国メーカーに圧倒される日本の電機メーカーの苦悩を描いてます。日本の製品を売るために日本の技術が流出したのは、明治生まれの過去の経営者の方針だったと思っています(中国に教えた分だけまた新技術を開発すればいいというような安易な考え方、でもそれが出来なかった)?

ところで繊細で英国紳士風な先生ですが、講義内容は磐石な基礎のうえに成り立つ極太で聴くものをいつも圧倒するものでした。数理統計学の講義を写したノートは、私の宝として大事に保管しております。日大を卒業して先生と会うことはありませんでしたが、コンピューターシステム開発で無茶苦茶なスケジュールを叩きつけられて焦った時、突然先生が黒板に書かれる後姿が記憶によみがえり、基礎から見直して何度救われたか分かりません。

先生は、私達の卒業ゼミ文集のなかで「虚心」と題して次の和歌を載せておられます。
「植ゑ置きてむなしき心すなほなる姿を友となるゝくれ竹」
竹が人々に愛されるのは、真っすぐで、しかも節があるという事。そして何事にも固執なく、自在な心で有り得ること。卒業の門出に、先生は元政上人の和歌を贈ってくれました。

[2016/08/22 追記]
続編があります。宇野先生のお墓参りを綴った「宇野利雄先生との約束」があります。是非アクセスして下さいね!

About 管理者

昭和49年日本大学理工学部数学科卒業。さすらいのSEである。卒業ゼミで数学科宇野教授から君は頭はいいが世間知らずだと言われる。「大きいところで尻尾になるより、たとえどんなに小さいところでも頭になれ」と教えられるが、真の意味がわからず日大理工卒業後さすらいの旅に出る。あれからもう40年、最近やっと安住の場所を発見する。
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