宇野利雄先生との約束

下記は世界遺産・萩城下町です。まるで江戸時代にタイムスリップしたように感じました。
なぜ宇野先生が萩の地に魅せられたかよく分かりますね!!!

萩城下町

宇野利雄先生は日本大学理工学部数学科の学祖で、日本の数値計算の父とも言われる偉大な数学者です。宇野先生は、山口県萩市をこよなく愛され、先祖が長州藩士で山田家(日本大学の学祖である山田顕義先生の生家)とも遠い親戚にあたることを誇りに思われていたようで、私たちへの講義(多変量解析学)の合間にそのことを話しておられました。
私は、昭和49年に日本大学理工学部数学科を卒業して宇野先生に会うことはありませんでしたが、コンピューターシステム開発で無茶苦茶なスケジュールを叩きつけられて焦った時、突然先生が黒板に書かれる後姿が記憶によみがえり、基礎から見直して何度救われたか分かりません。
「宇野利雄先生との約束」とは、40年以上も前に先生と約束したわけではなく、最近よく私の夢の中に先生が表れるようになりました。2007年に出版された「数学者・宇野利雄との約束」によると、萩の海潮寺に先生のお墓があるそうです。なので先生のお墓参りに山口県萩市まで行ってきました。
下記は、萩の海潮寺の写真で大変立派なお寺です。本堂は、藩校明倫館の遺構である聖廟を明治8年に移築され、昔から長州藩士族のためのお寺です。

海潮寺_1
海潮寺_2

下記は、宇野家先祖代々の墓で大変立派なお墓です。

海潮寺_3

下記は2007年に出版された「数学者・宇野利雄との約束」にあるお墓のそばの夏みかんの木と海潮寺を撮影した映像です。

日本大学理工学部数学科のOBやOGの方は、山口県萩市に観光で行かれた時には、海潮寺に静かに眠っておられる宇野先生のお墓参りもよろしくお願いします!

About 管理者

昭和49年日本大学理工学部数学科卒業。さすらいのSEである。卒業ゼミで数学科宇野教授から君は頭はいいが世間知らずだと言われる。「大きいところで尻尾になるより、たとえどんなに小さいところでも頭になれ」と教えられるが、真の意味がわからず日大理工卒業後さすらいの旅に出る。あれからもう40年、最近やっと安住の場所を発見する。
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