美の巨人たち「横山大観 或る日の太平洋」

美の巨人たち 「昭和27年 横山大観作 或る日の太平洋」の感想です。

番組では「横山大観 或る日の太平洋」について 富嶽は美の象徴 龍は日本全体のパワー 力 不吉な雲の上から真っ白い富嶽がそびえている どんな状況の中でも日本は美しい 日本は立ち上がれるんだ 日本人の心 畏敬の念と賛美の現われである 大観は戦後日本の復興と平和を祈り描いたと説明されていました。

日大の学生時代に上池台のアパート近くの鉄橋から遠くに見える、白くまぶしく輝き神々しい富士山にいつも感動しながら通学していました。北風が強い冬の晴天の朝は、特に美しくまるで北斎や広重の浮世絵の世界に入ったような錯覚を覚えました。しかし「或る日の太平洋」の富士山は北斎や広重の富士山のように毅然としていませんし、自然の躍動感がありません。描かれている龍もパワーや力の源というより、随分大人しく頼りなさそうでエネルギーは全く感じません。富士山に迫る波も、ススキを描いたのかと思わせるようで、北斎の「神奈川沖浪裏」の躍動感あふれる波に足元にも及びませんね。ですから私の感覚では下手な絵です!

日大理工の近くの神田の古書店街のお店で、カラフルな印刷を見て浮世絵に憧れていた私は、飾ってあった浮世絵を見て色が悪いと文句を言ってしまいました。するとお店の方から、あなたはどこの大学の学生さんですかと聞かれたので、日大の学生ですと答えると厳しい顔で、浮世絵の色は素朴な日本人の心の色でカラフルな印刷は偽物だと教えてくれました。

「横山大観 或る日の太平洋」はぎこちなく素朴だからこそ日本人の絵らしく素晴らしい、40年以上前に神田の古書店街で見た素朴な浮世絵を思い出しました。
 

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昭和49年日本大学理工学部数学科卒業。さすらいのSEである。卒業ゼミで数学科宇野教授から君は頭はいいが世間知らずだと言われる。「大きいところで尻尾になるより、たとえどんなに小さいところでも頭になれ」と教えられるが、真の意味がわからず日大理工卒業後さすらいの旅に出る。あれからもう40年、最近やっと安住の場所を発見する。
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